後遺障害逸失利益(減収がない場合)

減収がない場合,後遺障害による逸失利益は発生していないのではと問題となることがあります。

この点,最判昭和56年12月22日判決は,結論としては,財産上の損害がないことを理由として逸失利益の発生を否定していますが,減収がない場合でも,「事故の前後を通じて収入に変更がないことが本人において労働能力低下による収入の減少を回復すべく特別の努力をしているなど事故以外の要因に基づくものであって,かかる要因がなければ収入の減少を来しているものと認められる場合とか,労働能力喪失の程度が軽微であっても,本人が現に従事し又は将来従事すべき職業の性質に照らし,特に昇進,昇任,転職等に際して不利益な取扱いを受けるおそれがあるものと認められる場合など,後遺症が被害者にもたらす経済的不利益を肯認するに足りる特段の事情」がある場合には,事故の前後を通じて収入の減少がなくとも後遺障害による労働能力低下による財産上の損害が発生しているとしました。

そのため,事故前後を通じて収入の減少がない場合は,適切な逸失利益に関する賠償を受けるためには,後遺障害が労働能力に与える影響の度合い,本人が後遺障害による労働能力低下を補うために行っている努力,後遺障害による労働能力の低下が被害者の昇進や転職等に与える影響などについて丁寧な主張と立証を行う必要があります。

弁護士として,依頼者の方に収入の減少がない場合でも被害者の方に後遺障害による労働能力低下がある場合は,適切な後遺障害逸失利益を受け取っていただけるよう,努めていきたいと思います。

 

 

代車使用期間

交通事故によって車両の修理や買換えが必要であり,かつ,代車を使用する必要性がある場合には,修理または買換えに要する「相当な期間」の代車使用料が交通事故と相当因果関係を有する損害として認められます。

「相当な期間」には,事情に応じて見積りその他の交渉をするのに必要な期間も含まれるものと解されています。

 

修理自体に必要な期間が「相当な期間」に含まれることは争いはありませんが,交渉期間,検討期間,部品調達期間,営業車登録のための期間,保険会社の対応期間が「相当な期間」に含まれるのかが争われることがあります。

例えば,交渉期間については,損害保険会社の担当者は,被害者に対して合理的な損害賠償額の算定方法について十分かつ丁寧な説明をなし,被害者の理解を得るように真摯な努力を尽くすべきであって,そのために時間を要し,その結果,修理に着手する以前の交渉期間中の代車料が生じたとしても,それが,損害保険会社の具体的な説明や交渉経過から見て,通常予測し得る合理的な範囲内に留まる限り,損害保険会社はその代車料についても当然に負担すべき責任を負うとした裁判例があります(神戸地裁平成3年6月12日判決)。

また,保険会社の対応については,例えば,損害保険会社のアジャスターが,検討するとして持ち帰り,その後,被害者には何ら連絡することもなく交渉から降りたことにより修理の開始が遅れたことについて,遅延については,加害者側にその責任があるとして,その期間を代車使用の相当な期間と認めた裁判例があります(神戸地裁平成13年3月21日判決)。

 

代車使用期間としての「相当な期間」の判断は一概には行えないため,弁護士として「相当な期間」を検討する際は,具体的事情に照らして検討することを忘れないように注意したいと思います。

 

 

等級認定と介護費用(高次脳機能障害)

自賠責保険の後遺障害等級表では,高次脳機能障害の介護の程度により等級を分類しており,別表1第1級は「常に介護を要するもの」,別表1第2級は「随時介護を要するもの」,第3級は「声掛けや,介助なしでも日常の動作を行える。」としています。

そのため,3級以下の後遺障害等級認定で将来の介護費用が損害として認められるのかが争点となる場合があります。

 

この点,上記分類に関わらず,3級障害以下の将来の介護費用が認定されるケースが多々見られます。

その理由について,少し古い本ですが「高次脳機能障害と損害賠償ー札幌高裁判決の開設と軽度外傷性脳損傷(MTBI)について」という本に興味深い記載がありました。

当該本では,以前の日本社会では,「患者以外にも誰かしらの家族が家の中に居て,常に一緒に居られる環境が存在した。もし家の中で患者に何か起きた場合,家族が直ぐに対処できた。」「このように,」「自宅外の一般労務はできなくとも,日常生活に介護までは必要としない」という3級の定義が存在したが,現在の日本では,核家族化が進み監視や声掛けを行う者が将来においても必要となるとして3級障害以下の将来の看護費用を認めるケースが出てきたとしています。。

 

「介護」「監視」「声掛け」をどのように損害として評価するのかは難しい問題ですが,3級障害以下の場合でも将来の介護費用は認められることを意識することは重要です。

高次脳機能障害の方の具体的な症状や生活状況に照らし,「介護」「監視」「声掛け」がどの程度必要なのかを個別具体的に主張立証することが弁護士としては重要となると思います。

高次脳機能障害についての弁護士法人心名古屋駅法律事務所のサイトはこちらをご覧ください。

中心性脊髄損傷

中心性脊髄損傷とは,脊髄の中心部(灰白質と白室内側部)の損傷であり,神経症状の出方に特徴があるとされています。

中心性脊髄損傷は,頸椎の過伸展外力により生じることが多いとされており,運動麻痺などの症状は下肢と上肢を比較すると上肢の方が強いことが特徴とされています。

運動麻痺や痺れが両上肢に常時発生しているようであれば,頚髄の中心性損傷が疑われるこになります。

 

中心性脊髄損傷は脊髄の脱臼や骨折がなくとも生じるためその診断はX線検査やCTだけではできません。

骨折や脱臼のない中心性脊髄損傷における診断には,唯一病変を証明できるMRI検査が必要不可欠です。

そのため,交通事故等により首に外力が加わり,両上肢に痺れ等の症状が生じている場合は,急性期においてT2強調画像において髄内の信号変化を確認しておくことが重要となります。

 

急性期においてT2強調画像によるMRI検査を受けていない場合,事後的にに中心性脊髄損傷を立証することは難しく,いわゆるむち打ちとの鑑別は困難となります。

中心性脊髄損が疑われる場合には,早期に適切な検査を受けることは何よりも重要となります。

 

 

弁護士法人心のホームページの写真が新しくなりました。

宜しければ,以下のURLからご確認いただければと思います。

http://www.lawyers-kokoro.com/

素因減額

弁護士として交通事故の相談を被害者の方から受けていると,「保険会社から素因減額の話をされて困っている。」とのお話を伺うことがあります。

 

素因減額とは,交通事故に遭った被害者の方の体質的又は心因的要因が損害の発生や拡大に寄与している場合に,被害者に存在する体質的又は心因的要因を考慮・斟酌して,加害者の賠償額を減額するというものです。

 

どのような要因があれば,被害者の素因が寄与して損害の発生や拡大があったと判断されるのかが問題となります。

体質的要因について参考となる裁判例としては,「被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても,それが疾患にあたらない場合には,特段の事情がない限り,被害者の身体的特徴を損害賠償の額を定めるにあたり斟酌できない」としたものがあります(最判平成8年10月29日判決)。

つまり,病的でない身体的特徴は素因減額の対象とならないとの一定の判断基準が示されています。

ただ,ケースによっては,身体的特徴なのか疾患なのか区別が困難なものもあります。

 

さらに心因的要因については,その定義があいまいであることに加え,交通事故に遭った場合,被害者は当然に何らかのストレスを負います。

そのストレスに被害者は影響を受けますが,ストレスに対する反応は人によって多種多様です。

そのため,交通事故により生じたストレスにより何らかの反応が見られる全ての場合に心因的要因があるとして素因減額とするのは適切ではありません。

ストレスに対す反応が多種多様であることを前提に想定される心因的な反応の範囲を外れる例外的な心因的反応のみを心因的要因として捉え素因減額の判断がなされるべきであると個人的には考えます。

無保険車傷害特約

交通事故の相手方が任意保険に加入していないなど無保険であった場合,交通事故の相手方等から十分な賠償金を受け取れなくとも,被害者の方が無保険車傷害特約に加入していれば,そこから保険金を受け取れる場合があります。

 

無保険とは,①相手方が対人賠償保険に加入していない,加入していても免責事由に該当し対人賠償保険から保険金が支払われない,②相手方の対人賠償保険から支払われる保険金額が,無保険車傷害特約から支払われる保険金額よりも低い,③当て逃げなどにより加害者車両が不明な場合を意味します。

無保険車傷害特約は,相手方が無保険であった交通事故により,被害者の方が死亡しまたは後遺障害が生じた場合のみ保険金の支払の対象となります。

そのため,後遺障害が生じず,怪我に対する治療を行い完治したような場合は,保険金の支払い対象になりません。

 

 

無保険車傷害保険特約からは,支払上限額内であれば,保険会社と被害者の間で合意が成立した金額が保険金として支払われます。

そのため,交通事故被害者の方は,自身の保険会社と賠償金額について交渉する余地があります。

被害者の方自身で保険会社と交渉することが難しければ,弁護士を利用することも考えられます。

なお,保険会社との話し合いで金額がまとまらない場合は,裁判で適切な支払い金額を争うこともできます。

 

交通事故被害者の方で事故の相手方が無保険であったとしても無保険車傷害特約を利用すれば十分な保険金を受け取れる可能性がありますので,相手方が無保険で十分な賠償を受けられないのではとご不安に思われている方は,ご加入中の自動車保険に無保険車傷害特約が付いていないか確認していただくとよいと思います。

また,無保険車傷害特約以外にも上記のような場面では,人身傷害傷害保険も利用できますので,事故の相手方からの賠償が期待できないような場合は自身が加入している保険で使用できるものがないかご確認いただくとよいと思います。

名古屋で交通事故について弁護士をお探しの方はこちら

脊椎損傷と脊髄損傷

交通事故で脊椎損傷や脊髄損傷といった傷害を負ってしまうことがあります。

 

脊椎は,椎間板と靭帯・椎骨で構成されており,脊椎内部にある脊柱管内には脊髄がとおっています。

脊椎損傷は,脊椎のみの損傷であり,つまり,骨のみの損傷を意味します。

脊髄損傷は,多くの場合に脊椎(骨)の損傷に加え,脊髄も損傷していることを意味します。

 

したがって,脊髄損傷の場合には,神経が損傷していることになるため,患部の痛みに加え,神経症状が生じます。

生じる神経症状は,脊髄の損傷個所や損傷の程度により異なり,感覚傷害のみの場合もあれば,運動麻痺により歩行できなくなるなどする場合もあります。

 

脊髄損傷により神経が損傷してしまうと,損傷した神経自体を取り換えたりすることはできないため,適切な治療やリハビリを行ったとしても運動麻痺などが残ってしまうことがあります。

そのような場合は,残ってしまった症状を後遺障害として自賠責保険へ申請し,後遺障害等級の認定を受けることが適切な賠償を受ける上で重要となります。

脊椎損傷や脊髄損傷の場合,脊椎の変形、骨折個所の痛み、四肢のしびれ、運動麻痺などの各症状について自賠責保険の後遺障害として認定される可能性があります。

 

脊椎損傷や脊髄損傷などの怪我を負ってしまった場合,まずは適切な治療とリハビリを受けていただくことが何よりも重要となりますが,症状が残ってしまいそうな場合は,加えて,早めに弁護士にご相談いただき,もしもの時に適切な後遺障害等級認定を得られるよう備えておくことも被害者の方の将来を考えた場合には重要となります。

頸椎捻挫と目の調整機能障害

弁護士として,交通事故により首を負傷した方のご相談にのっていると,たまに目の不調を訴えられる方がおられます。

頸部を捻挫すると頸部に存在する交感神経が過度に緊張することにより,めまい,吐き気,耳鳴り,視力の低下などの症状がでることがあるとされており,頸部を負傷後に目の不調が生じている場合は,目の不調は交通事故により負った頸部の負傷に起因している可能性があります。

 

ただ,目の不調が交通事故に起因するものなのか,目の不調と交通事故との間に相当因果関係は認められるかを争われることが多く,争われた結果,目の不調と交通事故との間の相当因果関係が認められないことも多くあります。

そのため,目を直接負傷していないような場合に目の不調を訴えたとしても交通事故の相手方が加入している任意保険会社などは眼科の治療費の支払いを拒否することが多いです。

 

しかしながら,治療費が支払われないからといって,症状があるにも関わらず病院で治療を受けていないと事故後に目の症状が出ていたこと自体を証明する方法がないとなってしまう可能性があります。

事故後気になる症状があるのであれば,たとえ保険会社が治療費を支払わないと言っていても,事故後の目の不調について病院を受診し,診察や検査などを受けておくことが必要となります。

 

立証が難しい症状に悩まされている被害者の方の力に少しでもなれればよいと思っています。

脳脊髄液露出症の画像所見等2

交通事故に遭った後,めまい,耳鳴り,起立性の頭痛などの症状が出た場合に脳脊髄液減少症が疑われることがあります。

脳脊髄液減少症とは,脳脊髄液が漏れた結果,脳が脳脊髄液に浮いている状態から脳底部に落ち込んでしまう疾患をいいます。

 

そのような病態のなかでも、CTやMRIなどで脊髄液の漏出が確実に認められる場合は「脳脊髄液漏出症」と定義されています。

脳脊髄液漏出症については,平成22年度厚生労働科学研究費補助金障害者対策総合研究事業の脳脊髄液減少の診断・治療法確立に関する研究班が脳髄液漏出症画像判定基準・画像診断基準というものを公表していることは以前ブログで紹介しました。

そして,平成26年度厚生労働科学研究費補助金障害者対策総合事業の脳脊髄液減少症の診断・治療法の確立に関する研究班が画像判定により脳脊髄液露出症が確定・確実な症例に限定したブラッドパッチ療法の有効性の検討をおこなった結果,約4割で治癒,残4割の症例も軽快したとのことで,画像診断をしっかりと行えば,ブラットパッチ療法は,安全かつ有効な治療法になりえることを示唆しました。

 

交通事故に遭った後,脳脊髄液減少症が疑われる症状があるにもかかわらず,脳脊髄液減少症と認められないケースが多々あります。弁護士としても歯がゆい思いです。

画像判断の確立ですべての脳脊髄液減少症の問題が解決するわけではありませんが,「脳脊髄液露出症」と定義できるものだけでもその科学的根拠に基づく診療指針が早く確立し,少しでも多くの脳脊髄液減少症が疑われる症状で困っておられる交通事故被害者の方が救済されるようになればと思っています。

過失割合

交通事故に遭ってしまった場合,事故当事者間の過失割合が問題となることがあります。

 

交通事故発生の責任が各当事者にどの程度あるのかは,事故類型ごとにある程度目安が決まっています。

実務上は,「別冊判例タイムズ38号」という本を参考に基本的な過失割合を考えることが多いです。

「別冊判例タイムズ38号」には,四輪車同士の事故であるかや十字路の交差点かなど事故類型ごとに基本的な当事者間の過失割合が記載されています。

例えば,信号機により交通整理の行われていない交差点における四輪車同士の事故で双方の速度が同程度かつ道路の幅員が同程度の場合は,左方車対右方車の基本的な過失割合は4対6とされています。

(自身の進行方向の右手から出てきた場合は右方車となり,左手から出てきた場合は左方車となります。)

 

もちろん,上記過失割合は,基本的な過失割合であるため,具体的な事故状況を踏まえ修正が加えられることになります。

上記例では,例えば,見とおしのきく交差点であった場合には基本過失割合は,1割左方車に有利に修正されるとされているため,過失割合は,左方車対右方車=3対7とされます。

 

 

なお,「別冊判例タイムズ38号」は,あくまでも事故類型ごとの基本的な過失割合を記載しているものにすぎません。

そのため,「別冊判例タイムズ38号」は過失割合を検討する際の参考であることを忘れず,判例なども調査したうえで,具体的な事情に照らした過失割合を検討することが重要です。

 

弁護士として,どのような過失割合を主張しえるのか,その主張を裏付ける事情を立証できるのかなどしっかりと交通事故に遭われた方の相談に乗れるよう努めたいと思います。

交通事故の過失割合がどのように決まるのかにつきましては,こちらもご覧ください。

PTSD

弁護士として交通事故の相談に乗っていると交通事故に遭った後,事故の時のことを夢に頻繁に見て眠れないや事故現場を通ろうとすると手が震えるといった話を伺うことがあります。

このような症状がある場合,PTSDを発症している可能性があります。

 

交通事故に遭った後などに発症するPTSD(心的外傷後ストレス障害)は,非器質性精神障害に分類されます。非器質性精神障害とは,脳組織に傷や損傷が確認できないものの,精神障害が発生していることをいいます。

 

①心的に外傷を負うような生命の危機を感じるストレス体験をしたことで,②ストレス体験が再体験され続けており(フラッシュバックなど),③過度の警戒心や入眠困難などの覚醒亢進症状がみられることに加え,④ストレス体験と類似の場面などを回避しようとする努力などがみられる場合は,PTSDを発症している可能性があります。

PTSDの発症が疑われる場合には,どのような時期に精神障害が発生し,それがどのような経過をたどったのか記録に残すという意味でも早期に専門医を受診することが重要になります。

 

PTSDを発症している場合,まずは,専門医のもとで治療を受けることになります。

PTSDの症状は,治療およびストレス体験からの時間の経過により改善が見込めます。

しかしながら,交通事故などのストレス体験後,相当期間を経過してもPTSDの症状が回復しないケースがあります。

そのような場合は,残存した症状について後遺障害等級認定の申請を行うことを検討することになります。

労災保険と交通事故

通勤中や勤務中に交通事故に遭ってしまうことがあります。

 

通常,交通事故に遭った場合に登場する保険の種類には,①事故の相手方強制加入の保険(自賠責保険),②事故の相手方任意加入の保険(任意保険),③事故に遭った本人加入の人身傷害保険,④健康保険(第三者行為による傷病届提出が必要)などがあります。

通勤中や勤務中の交通事故の場合は,上記のうち④健康保険は登場しませんが,その代わりに⑤労災保険(第三者行為災害届提出が必要)が登場します。

 

交通事故の相手方が任意保険に入っている場合,労災保険を利用して治療を受けるのが良いのだろうかと疑問に思われる方もいると思います。。

以下では,被害者側にも過失がある場合の労災保険利用のメリットを見ていきたいと思います。

 

まず,交通事故でけがをした場合に生じる主な損害の項目は,治療費,通院交通費,休業損害,傷害慰謝料になります。

仮に以下のような損害が発生したとします。

1 治療費   60万0000円

2 通院交通費    6000円

3 休業損害  50万0000円

4 慰謝料  120万0000円

━━━━━━━━━━━━━━━━━

5 合計額  230万6000円

被害者側にも過失があると,生じた損害の合計額のうち,被害者側の過失部分は相手へ請求できません。

たとえば,被害者側に3割の過失がある場合は,以下のとおり,相手へ請求できる損害合計額は161万4200円となります。

1 治療費   60万0000円(42万0000円)

2 通院交通費    6000円(   4200円)

3 休業損害  50万0000円(35万0000円)

4 慰謝料  120万0000円(84万0000円)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

5 合計額  230万6000円(161万4200円)

他方で,労災保険を利用している場合は,労災保険からは,まず,治療費60万円と休業損害36万円(概算)の支払いがなされることになります。

労災保険には,過失がある場合の調整は,損害合計額ではなく各損害項目内でなされるという特徴があります。

そのため,労災保険を利用している場合は,以下のとおり,被害者が受け取れる損害合計額は180万4200円となります。

1 治療費   60万0000円(60万0000円・労災保険費拘束)

2 通院交通費    6000円(   4200円)

3 休業損害  50万0000円(36万0000円・労災保険費目拘束)

4 慰謝料  120万0000円(84万0000円)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

5 合計額  230万6000円(180万4200円)

 

以上のように被害者側にも過失があるような場合は,労災保険には費目拘束というメリットがあります。

弁護士として各保険の仕組みをしっかりと把握しておきたいと思います。

警察車両との交通事故

警察車両が車両を追跡などしているときに第三者の車両に衝突し,事故を起こしてしまうことがあります。

このような場合,第三者の車両に乗車していた人は,どのような法的根拠に基づき警察から損害の賠償を受けられるのでしょうか。

 

通常の交通事故の場合は,事故の相手方に対し不法行為に基づく損害賠償請求を行いますが(民法709条など),警察車両との事故の場合は,事故を起こした警察を所轄している都道府県を相手に国家賠償請求を行う必要があります(国家賠償法1条1項)。

国家賠償請求が認められるためには,①公務員が,②その職務を行うことについて,③故意または過失によって,④違法に他人に損害を加えたことを立証する必要があります。

特に④「違法に」との要件を満たすかが問題となることが多いです。

裁判例は,「違法に」との要件を満たすためには,追跡行為などが当該職務目的を遂行する上で不必要であるか,又は,逃走車両の逃走の態様及び走路交通状況等から予測される被害発生の具体的危険性の有無及び内容に照らし,追跡の開始・継続若しくは追跡の方法が不相当である場合には「違法に」と言えるとしています。

そのため,「違法に」との要件を満たしていないとして国家賠償請求は認められない場合も多いです。

 

 

ただ,警察車両も自賠責保険には加入していますので自賠責保険へ被害者請求を行い治療費や慰謝料などを受け取ることが可能です。

そのため,まずは,自賠責保険から治療費や慰謝料を受け取っていただくのが良いと思われます。

 

交通事故の相手方,警察車両などの公用車の場合は,根拠法や過失割合の考え方も異なるところがあります。

弁護士としてしっかりと対処していきたいと思います。

健康保険利用とリハビリ

交通事故に遭ってしまい怪我をした場合は,病院で治療を受けることになります。

被追突事故など被害者側に全く過失がなく,事故の相手方が任意保険に入っていれば,悩むこともなく,自由診療で治療を受けることが多いと思います。

問題は,被害者側にも一定の過失があるような場合に悩まずに自由診療で治療を受けて良いのかということです。

弁護士として,被害者の方から健康保険の利用について質問を受けることも多いです。

 

 

被害者側にも過失がある場合,治療費などの損害合計額のうち過失割合部分は被害者側の負担になります。

例えば,被害者側に3割の過失がある場合に,治療費が自由診療で300万円もかかったとなると300万円のうち90万円は被害者で負担しなければいけません。

保険会社が,直接病院へ治療費を支払っているような場合は,最終的な賠償の段階で,慰謝料から上記90万円を精算することになります。

そのため,過失がある場合は,健康保険を利用し,治療費の総額を抑えることで,最終的な賠償段階で慰謝料などからの差し引かれる金額を減らす方法を検討する必要があります。

なお,被害者が人身傷害保険に加入しているような場合は,また別です。

 

ただ,反対に過失がある場合に健康保険を利用した方が全てのケースで良いのかというとそうではないと思っています。

健康保険では,上下肢のような運動器に対するリハビリを行う場合は,算定日数の上限が原則150日と定められています(なお,健康保険でもリハビリ継続の必要性があれば上限を超えてリハビリを受けることは可能とされています。)。

そのため,健康保険を利用した通院の場合,通院を開始してから5カ月程度経過したときに,リハビリをこれ以上受けることができないと病院から言われてしまい,回復には,まだリハビリが必要であるにもかかわらず十分なリハビリを受けられなくなるおそれがあります。

したがって,過失割合があったとしても割合が少なく,リハビリをしっかりと行いたいような場合は,健康保険を利用しないことも考えられます(過失がない場合は,健康保険を利用しない方が良いことになります。)。

後遺障害逸失利益2

後遺障害逸失利益は,基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応する中間利息控除係数という計算式が用いられています。

 

基礎収入は,原則として事故前の現実収入が基礎となります。

事業所得者の基礎収入は,事故前年度の確定申告書記載の所得金額を参考にします。

ただ,事業所得者の場合は,申告額と実収入額が異なることがあります。

そのような場合は,実収入額を立証し,実収入額を基礎収入であるととして後遺障害逸失利益を算定することもあります。

 

裁判などでは,確定申告書記載の所得金額が重視されますので,確定申告記載の所得金額が実収入と異なる場合やそもそも確定申告をしていないような場合は,しっかりとした実収入を基礎付ける資料がないと実収入額の立証は難しいことが多いです。

神戸地裁平成29年9月8日判決は,確定申告をしていなかった原告の基礎収入に関し,「売上高や営業利益が判然としない」「事故前,原告の事業は,経費が上回るいわゆる赤字の状態が続いていたことが窺がわれる。」「原告は,月額60万円程度の売上高があり,25%程度の原価等を差し引いて月額平均40万円程度の利益があった旨供述するが,・・・・納品書,領収書,通帳以外に上記供述を裏付ける的確な証拠はなく,上記供述は採用できない。」として,事故前の収入を認定することはできないとし,後遺障害逸失利益の発生を否定しました。

ただ,当該判決は,事業の維持・存続に必要やむを得ない固定経費の支出は休業損害に該当すべきであるとして,事業所の家賃÷30日×休業日数の休業損害を認定しています。

 

事業所得者の基礎収入や休業損害をどのように捉えるかは事業の内容によっても変わってきます。

確定申告書記載の所得金額が実収入と異なる場合は,実収入の立証が難しいことが多いですが,交通事故被害者の方には,実際に実収入を基礎とした損害が生じていますので,事業所得者の方にも適切な賠償金を受け取っていただけるよう努めたいと思います。

交通事故による逸失利益については,弁護士法人心のこちらのサイトもご覧ください。

後遺障害逸失利益

交通事故により負った怪我が治りきらず症状が残ってしまう場合,自賠責で後遺障害等級認定を受けられることがあります。

自賠責で後遺障害等級が認定されると,交通事故の相手方に対する後遺障害慰謝料や後遺障害逸失利益の請求が認められやすくなります。

後遺障害逸失利益とは,後遺障害がなければ将来にわたって得られたであろう利益をいいます。

 

 

一般的に後遺障害逸失利益を計算する場合には,基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応する中間利息控除係数

という計算式が用いられています。

 

基礎収入は,原則として事故前の現実収入が基礎となります。

ただ,後遺障害逸失利益は,将来にわったて得られたであろう利益を問題とするため,将来,現実収入額以上の収入を得られる立証があれば,その金額を基礎収入とすることもできます。

労働能力喪失率については,認定された後遺障害等級によりある程度基礎となる率が決まっています。

例えば,後遺障害等級12級が認定された場合には,労働能力喪失率は14%が一応の目安となります。

 

 

なお,自賠責保険で後遺障害等級が認定されたとしても,必ず後遺障害逸失利益が認定されるわけではありません。

実際には症状が残ったことに起因する減収がない場合や,具体的事情から労働能力が失われていない場合は,後遺障害逸失利益が否定される場合もあります。

千葉地裁平成28年5月17日判決は,自賠責で右足関節機能障害に関し後遺障害等級12級が認定されていた男性について,出張先等にもロードバイクを持参しトレーニングを積んでいたことをもって,継続的に運動をこなしている状況をみると関節痛のために十分に仕事ができないとか,将来にわたり仕事が長続きしないとかの事実は認められないとして行為障害逸失利益を否定しています。

 

弁護士として,後遺障害逸失利益が生じているか案件ごとに丁寧な検討を心がけたいです。

後遺障害について弁護士を名古屋でお探しの方はこちら

個人事業主の休業損害と逸失利益

先日,事務所内で交通事故に関する研修がありました。

今回の研修では,発表担当弁護士が,個人事業主の休業損害と逸失利益をどのように把握するかについて発表をしました。

(弁護士法人心では定期的に各分野を取り扱う弁護士ごとに集まり研修を行っています)

 

個人事業主の休業損害や逸失利益は,原則として,確定申告書に基づき算定されます。

確定申告書には,個人事業主の方の所得が全て反映されているはずであるからです。

 

しかしながら,様々な理由から申告していない所得がある場合があります。

このような場合,確定申告書に基づき休業損害や逸失利益を算定したのでは,個人事業主の方に実際に生じた損害を把握できていないことになります。

そのため,個人事業主の方としては,当然,確定申告書に基づいてではなく,実際の所得に基づき休業損害や逸失利益を賠償してもらいたいと考えられる方もおられます。

 

確定申告書記載の所得以上の所得があったと認定されるためには,所得があったことを裏付ける資料が必要となります。

また,単に裏付ける資料があるだけでは足りず,その資料が信用性がある認められるものであることが必要となります。

 

裁判例の中には,確定申告書記載の所得以上の所得を認定したものもありますが,所得があれば申告することが原則のため,確定申告書記載以上の所得があったと簡単には認定されません。

 

今回の研修では,確定申告外の所得を認めた裁判例の発表があり,どのような資料がある場合に確定申告外の所得が認定されるのかの参考にでき,良かったです。

交通事故による休業損害については,こちらもご覧ください。

繊維筋痛症と交通事故

繊維筋痛症診療ガイドライン2013において,繊維筋痛症は,「原因不明の全身疼痛を主症状とし,不眠,うつ病などの精神神経症状,過敏性腸症候群,逆流性食道炎,過活動性膀胱などの自律神経系の症状を随伴」すると説明されています。

 

繊維筋痛症の発症原因は今だ医学的に明らかではありません。

また,繊維筋痛症の診断基準としては米国リウマチ学会が提唱する,繊維筋痛症分類基準(1990)や予備診断基準(2010)といったものがありますが,繊維筋痛症の症状の主体は,自覚症状であり,繊維筋痛症を他の疾患と鑑別し,適切に診断することは難しいことが多いです。

 

そのため,交通事故後に全身疼痛の症状が現れ,繊維筋痛症との診断がなされた場合は,①そもそも繊維筋痛症を発症しているか,②繊維筋痛症を発症しているとして交通事故に遭ったことで発症したのかという点が大きな問題となります。

したがって,交通事故に遭ったことと繊維筋痛症を発症したこととの間に相当因果関係があることを立証することは容易ではありません。

 

交通事故と繊維筋痛症発症との因果関係が争点となった判例のうち,相当因果関係を否定したものとしては名古屋地裁平成26年4月22日判決などがあり,相当因果関係を肯定したものとしては京都地裁平成22年12月2日判決などがあります。

 

名古屋で交通事故について弁護士をお探しの方はこちら

TFCC損傷

交通事故に遭った際,転倒するなどして手首に強い外力が加わるとTFCC(三角繊維軟骨複合体)を損傷することがあります。

手首に強い外力が加わった後,手首の腫れ,握力の低下,持続する手首の運動時痛,手首を外側にひねった時に痛みが生じるといった症状がある場合は,TFCCが損傷している可能性がありますので,注意が必要です。

 

 

TFCCは,それ自体は軟骨で構成されているため,レントゲンには写りません。

そのため,レントゲンしか撮っていない場合,TFCCに損傷が生じていることに気づかないことが多いです。

 

 

手首等の関節部分に生じた痛みは,器質的損傷がないと自賠責で後遺障害が認められ難い傾向があります。

そのため,交通事故により負った傷害により残存してしまった症状について適切な後遺障害の認定を受け,生じた損害に見合った賠償を受けるためには,MRI等の検査を受け手首にTFCC損傷といった器質的損傷が生じているかを確認しておくことが重要となります。

 

なお,TFCC損傷は,交通事故以外の要因でも生じることがあるため,MRI検査の結果TFCCの損傷が発見されたとしても,事故態様等により交通事故とTFCCの損傷との間の相当因果関係が否定される可能性があることには注意が必要です。

 

弁護士として,交通事故被害者の方が適切な損害の賠償を受けられるよう活動していきたいです。

橈骨遠位端骨折

橈骨遠位端骨折は交通事故に遭い転倒したときなどに手をつき負うことが多い怪我です。

橈骨(手首の骨)の遠位端骨折を負った場合に,骨折自体以外に手関節の稼働域と握力の回復にどの程度時間かかるのかが問題となる場合があります。

手関節の稼働域の回復には受傷後(術後)3から6カ月間程度要することが多く,握力の回復には1年程度かかることも少なくないようです(橈骨遠位端骨折診療ガイドライン2012参照)。

 

弁護士として交通事故案件を扱っていると治療期間等が問題となることがあります。適切な治療期間の確保に努めたいです。