失火責任法は不合理か?

1 失火責任法とは

失火責任法は、明治32年(1899年)に成立・施行された法律で、正式には、「失火ノ責任ニ関スル法律」といいます。

条文は、1つだけで、「民法第七百九条ノ規定ハ失火ノ場合ニハ之ヲ適用セス但シ失火者ニ重大ナル過失アリタルトキハ此ノ限ニ在ラス」と規定されています。

失火責任法は、民法の特別法で、民法709条の不法行為責任について、失火において責任を負うのは、重過失がある場合に限定しています。

 

2 具体例

具体例を考えますと、Aさんが所有するA宅の隣にBさんが所有するB宅があった(AさんとBさんには何らの契約関係なし)として、Aさんがガスを使った料理中に少しキッチンを離れていた際に、火が燃え移り火事となって、A宅だけでなくB宅も焼失してしまったという場合、失火責任法により、Aさんは、重過失ない限り、Bさんに損害賠償責任を負いません(軽過失免責)。

果たして、この結論は、妥当なのでしょうか?

B宅の焼失について、火をつけたままキッチンを離れてしまったAさんにはある程度の落ち度があるのに対し、Bさんには何の落ち度もありません。

にもかかわらず、B宅の焼失について、BさんがAさんに対し損害賠償請求できない(Bさんが損害を負担する)というのは、損害の公平な分担という不法行為法(ここでは特定の法律名ではなく、不法行為に関する法体系全般を指しています。)の趣旨に反するようにも思えます。

 

3 失火責任法の根拠(立法事実)

それでは、なぜ、このような失火責任法が制定されたのでしょうか?

失火責任法の制定当時、木造家屋が隣接して建築されていることが多く、当時の限られた消防能力と相まって、類焼による損害が拡大しすぎるということから、失火による不法行為責任を負うのを重過失がある場合に限定したものといわれています。

もっとも、失火について責任を限定すべきかについては、立法過程において反対意見もあり、民法を立案起草した梅謙次郎先生は反対の立場をとっていました。

 

4 失火責任法の不合理性

不法行為法の在り方を考えるうえで、①損害の公平な分担、②不当な行為の抑止、③適法・有益な行動の萎縮を防止という3つの観点が重要です。

①損害の公平な分担に関しては、上記2でみたとおり、少なからず落ち度があるAさんではなく、何の落ち度もないBさんが損害を負担するというのは、公平な分担とはいえないように思います。

②不当な行為の抑止という観点では、重過失がなくても失火の不法行為責任を負うというルールにした方が、Aさんとしては、より一層気を付けるといえそうです(この点については、失火については、軽過失免責があったとしても同程度に気を付けるのではないかという考えもあり得ますが、仮にそうだとしても、②の観点から失火責任法が否定されるというのがなくなるにすぎません。)。

③適法・有益な行動の萎縮を防止に関しては、例えば、ガスを使って料理をするなどは適法・有益な行動ですが、しっかりと気を付ければ火災は防げるので、失火責任法による軽過失免責がなかったとしても、萎縮して、ガス料理をやめようという人が多いとは考えにくいところです(明治時代であれば、現代よりも、料理や風呂などで使う火からの火事が起こりやすかったと考えられますが、そうであるからといって、火を使わないという選択肢が取られたとは考え難いかと思います。)。

以上からすると、確かに、制定当時は社会的背景(木造密集、消防力の未熟)があったとはいえ、それが軽過失免責を正当化する決定的理由となるかは疑問です。

さらに、現代では、明治時代と比べて、家屋の耐火性は上がっており、消防能力も高まっていますので、失火責任法の根拠(立法事実)も相当程度失われているのではないかと思います。

 

5 交通事故との対比

最後に、交通事故と対比し、失火に関するあるべき社会について考えてみたいと思います。

Aさんが自動車を運転し、Bさんに衝突してBさんにケガを負わせてしまったという事例を考えた場合、Aさんが不法行為責任を負うという結論に異論を持つ人はほとんどいないかと思います。

Bさんに重い後遺障害が残ってしまったような場合には、Aさんは数億円もの損害賠償を負う可能性はありますが、そうであるからといって、軽過失は免責しようということにはなりません。

自賠責保険という強制加入の保険があり、さらに、多くの人は、任意保険に加入して、万が一の損害賠償責任に備えています。

このこととのアナロジーで考えると、失火の場合にも、失火責任法で軽過失を免責するのではなく、不法行為責任を負うことにすることによって、各自が類焼による対人・対物賠償保険に入ることを促す、さらには、自賠責保険のような強制加入の保険を創設する方が合理的ではないでしょうか。

強制加入保険の創設はともかく、少なくとも、失火責任法による軽過失免責は、合理性に乏しいものと思います。

 

6 まとめ

以上から、立法論としては、失火責任法の廃止が考えられるところですが、弁護士としては、失火責任法を所与のものとして、解釈論として、失火責任法の適用範囲を考えていくというのも興味深いところです。

これについては、また機会があれば、書いてみたいと思います。

マンション(共同住宅)の部屋の賃貸人が失火により、自室、共用部、他の居室を焼失させた場合の責任

1 不法行為責任と失火責任法

賃借人が失火で、自室や共用部、他の居室を焼失させてしまった場合、民法709条に基づく損害賠償義務を負わないかが問題となりますが、これについては、失火責任法が適用され、重過失がない限り責任を負いません。

失火責任法

民法第七百九条ノ規定ハ失火ノ場合ニハ之ヲ適用セス但シ失火者ニ重大ナル過失アリタルトキハ此ノ限ニ在ラス

 

2 債務不履行責任

⑴ 失火責任法の適用はない

債務不履行に基づく損害賠償については、失火責任法の適用はありません(最判昭和30年3月25日民集第9巻3号385頁)。

⑵ 責任の範囲

賃借人は、失火により賃借している部屋を焼失させ、返還することができなくなっているため、少なくとも、その部屋については、債務不履行責任を負います。

それでは、廊下や他の居室についてはどうでしょうか。

この点について、木造の共同住宅での失火につき、「本件のようなその部屋だけが構造上独立して存在しない共同住宅の部屋の賃貸借の場合には、火災による右賃借物返還義務の履行不能による損害賠償としては、当該賃借部屋のみに限られず、これを維持存立せしめる上において不可分の一体をなす隣接の部屋、廊下等の部分その他階下の部分に対する損害についてもその賠償をなすべき義務あるものと解するのが相当である。」とした裁判例があります(東京高判昭和40年12月14日判例タイムズ188号159頁)。

木造建築物でない場合や、共同住宅でない場合などにおいて、同様の結論になるのかについては、具体的な事情に基づいた検討が必要かと思いますので、弁護士等の専門家にご相談ください。