個人再生手続における否認対象行為

個人再生手続においては,否認規定の適用が除外されています(民事再生法238条,245条)。

したがって,否認対象行為(無償で他人に財産を譲り渡したり,個人再生手続直前に特定の債権者に対して債務を弁済したりする行為は,否認対象行為となる可能性があります。)を行っていたとしても,否認権の行使によって既に行った否認対象行為が取り消されるという事態には陥りません。

しかし,否認対象行為があったことが個人再生手続開始決定前に判明していた場合は,否認権が行使されるのを回避する目的で個人再生手続を申し立てたとして,民事再生法25条4号に該当し,申立てが棄却される可能性があります。

 

民事再生法

(再生手続き開始の条件)

25条 次の各号のいずれかに該当する場合には,裁判所は,再生手続開始の申立てを棄却しなければならない。

四 不当な目的で再生手続開始の申立てがされたとき,その他申立てが誠実にされたものでないとき。

 

また,否認対象行為があったことが判明したのが個人再生手続開始決定後である場合には,再生計画案を作成する際に注意が必要です。

小規模個人再生と給与所得者等再生の両手続において,再生計画の不認可事由の一つとして「再生計画(の決議)が再生債権者の一般の利益に反するとき」が定められており,破産によって債権者が得られる経済的利益よりも,再生計画によって得られる経済的利益が大きくなければならないというルールが存在します(民事再生法民再231条1項、174条2項4号、241条2項2号)。

これを清算価値保障原則といいます。

破産手続においては,否認対象行為は否認されて,その分破産者の財産が回復します。

そのため,清算価値保障原則からは,現在ある財産の額に,否認権の行使によって回復するであろうと想定される財産の額を上乗せした額を上回る返済をする必要があり,これに反する再生計画については,裁判所は不認可の決定をします。

財産分与と否認権

弁護士として仕事をしていると,夫婦の一方が破産する場合,破産の前後に離婚してしまうというケースを見ることが多いです。

これに関連して,離婚に伴う財産分与があった後間もなく,分与した側が破産した場合,財産分与が否認権の対象となって,財産移転が取り消されるかという問題があります。

財産分与は,①婚姻後の実質上の共同財産の清算分配,②離婚後の相手方への扶養,③慰謝料という3つの要素を持つとされています。

最高裁は,不動産の分与について詐害行為取消権(民法424条)の行使が問題となった事案において,上記3つの要素を挙げたうえで次のように判示しています。

「財産分与の額及び方法を定めるについては、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮すべきものであることは民法七六八条三項の規定上明らかであり、このことは、裁判上の財産分与であると協議上のそれであるとによって、なんら異なる趣旨のものではないと解される。したがって、分与者が、離婚の際既に債務超過の状態にあることあるいはある財産を分与すれば無資力になるということも考慮すべき右事情のひとつにほかならず、分与者が負担する債務額及びそれが共同財産の形成にどの程度寄与しているかどうかも含めて財産分与の額及び方法を定めることができるものと解すべきであるから、分与者が債務超過であるという一事によって、相手方に対する財産分与をすべて否定するのは相当でなく、相手方は、右のような場合であってもなお、相当な財産分与を受けることを妨げられないものと解すべきである。そうであるとするならば,分与者が既に債務超過の状態にあって当該財産分与によって一般債権者に対する共同担保を減少させる結果になるとしても、それが民法七六八条三項の規定の趣旨に反して不相当に過大であり、財産分与に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情のない限り、詐害行為として、債権者による取消の対象となりえないものと解するのが相当である。」(最判昭和58年12月19日民集37巻10号1532頁)

この判例は,直接的には詐害行為取消権の行使について判示したものであり,その趣旨が否認権の行使についてもそのまま妥当するかについては議論がありますが,不相当に過大な財産分与は財産減少行為として否認権の対象となると解されています。