年金制度の歴史背景について

弁護士法人心では、障害年金の申請のサポート業務も行っています。

そのため、業務の中で国民年金法や厚生年金保険法を参照することも頻繁にあるのですが、こういった行政にかかわる法律というのは読むのが骨が折れます。

民法や刑法などは、固い言葉でかかれていますけれども、言っている内容は「人を騙して契約させるとか何か意思を示させたのであれば、そんな契約等の効力は後から否定しますよ。」であるとか、「人のものを盗んだら処罰されますよ」というような、具体的な話です。

そのため、何の話をしているのかのイメージをつかみさえすれば、それほど条文を読むのは苦労しません。

しかし、行政にかかわる法律は、機関や各種給付等の設計図が文章に書かれているようなものですから、まるでプログラミング言語のソースコードをそのまま読んでいるような、読むのに骨の折れる感覚を覚えます。

私が業務で参照する箇所は、基本的にどういう条件が満たされれば、どういう内容の給付が受けられるかという箇所なので、まだ比較的読みやすいほうですが、保険料の算定の箇所などは、読んでいて本当に疲れます。

また、国民年金や厚生年金では、政令への委任もあり、さらに、非常に長い歴史を持つ制度であるため、複数の附則なども参照しなければならず、法律の条文の構造が重たい法律です。

こういった、重たい条文を読んでいて疲れた時は、少し気分転換に、年金制度の歴史を遡ってみることもあります。

平成3年3月までは、学生は20歳になっても国民年金が任意加入だったといった話は、普段の業務を行ううえでも役立ちます。

また、特別支給の老齢厚生年金なども、そもそも、厚生年金の支給開始年齢を変更する改正の経過措置という歴史背景を知った方が、理解がしやすくなります。

ちなみに、そういった歴史的背景を遡っていくと、近代的な国家が主宰する年金制度の元祖はどこなのか気になってくるので、休日の余暇にあれこれ調べてみました。

調べてみると、意外なところでしたが、ドイツ帝国の鉄血宰相と呼ばれるビスマルクの名が挙がりました。

ビスマルクといえば、鉄血演説で有名なように、軍拡を推進した印象の強い人物です。

他に、彼の政策を説明する有名な言葉に「アメとムチ」があります。

ビスマルクの年金制度推進の背景には、社会主義運動を規制し弾圧する一方で、国家が年金制度によって労働者の老後の生活を保障するようにすることで、労働者階級内での社会主義運動の盛り上がりを抑えようという、アメとムチの関係があったようです。

また、一部の解説では、年金制度により国家が国民の生活を保障することで、国家への国民の帰属意識を高めるというような狙いもあったという話もありました。

他方で、日本の公的年金制度にスタートについては、厚生労働省のホームページに記載されている公的年金制度の歴史を見ると、第二次世界大戦中の労働者年金保険法と紹介されています。

第二次世界大戦といえば、国を総動員して戦争をしている時代ですから、そういう時代に、労働者のための年金制度を定めるというのは、どういうモチベーションによるものだったのだろうかと思い、調べてみました。

帝国議会会議録検索システムというのもののなかの、第84回帝国議会 貴族院 労働者年金保険法中改正法律案特別委員会 第1号 昭和19年1月22日の議事の中の一節に以下のようなわかりやすい説明がありました。

「勞働者年金保險法ハ所謂產業戰士ノ恩給制度トシテ勤勞者ニ對シマシテ養老年金、遺族年金、癈疾年金及癈疾手當金等諸種ノ保險給付ヲ爲シマシテ其ノ生活ヲ保障シ、是等勤勞者ヲシテ後顧ノ憂ナク其ノ職域ニ邁進セシメムトスルモノデアリマシテ、戰時下勤勞力增强ノ見地ヨリ極メテ適切ナル制度トシテ昭和十七年六月一日ヨリ全面的ニ施行セラレ來リ」という説明です。

産業戦士の恩給制度として、勤労者を後顧の憂いなく職域に邁進させ、戦時下勤労力を増強するという発想を読んでいると、日本の年金制度も、ビスマルクのアメとムチ政策同様に、結構血なまぐさい空気感の中でスタートしたのだなということがわかって、興味深い思いでした。