ニュースを見ていると、昨年末頃まではしばらく選挙はないだろうといわれていましたが、また、衆議院が解散されて選挙をすることになったそうです。
なんだか、最近、毎年国政選挙が行われているので、選挙の報道を以前より身近に感じるようになりました。
といっても、選挙であるとか、政治のことについて関わる仕事はしていませんので、弁護士といっても、「いま政治の場面でなにをやっているのか?」ということを、法的にきちんと整理して理解できているのかというと、結構、手続きの法的根拠などを曖昧にしたまま、漫然とニュースを聞き流していることが多いです。
特に、今回の選挙は「不意打ちだ」などという評価もあり、議論があるようですが、法的にどういう話なのかは、結構あいまいなままニュースを診ていました。
今回は、せっかくなので、小学校の社会科の授業に戻った気分で、憲法の条文をみながら、今やっている手続きがどういう話なのかを、整理していたいと思います。
まず、日本には国のルール(法律)を話し合って決める機関(立法府)として、国会という機関があります(憲法第4章)。
よくニュースに映る国会議事堂をイメージするとわかりやすいと思います。
ただし、国会議事堂はただの建物であり、中で働く人がいなければ、ただの箱です。
実際に、国会で話し合って国の法律を決めるのは、選挙で選ばれた国会議員(憲法43条)です。
今回開かれるのは、この国会議員を決めるための選挙です。
ところで、国会議員選挙ではなくて、ニュースでは「衆議院選挙」と書かれています。この衆議院というのが何かというと、国会は、衆議院と参議院という2つのグループがあって(憲法42条)、今回は、衆議院というグループに属する国会議員のメンバーを選ぶ選挙ということです。
このことを二院制と厳めしい言葉で言ったりもしますが、ようは、国会はプロ野球のセリーグ、パリーグのように2つのグループに分かれていて、今回はその片方のグループのメンバー選びだけをする選挙ということです。
ここまでは、本当に、基本的な社会科の知識ですが、「どういうときに選挙が開かれるか?」ということを考えるうえで、この衆議院と参議院の区別は、大切な前提知識になります。
国会議員を選ぶ選挙が開かれる、一番、基本的な形は、任期が終わったから選びなおすというタイプの選挙です。
憲法45条、46条では衆議院議員と参議院議員のそれぞれの任期が決められているので、任期が終わったら、次の国会議員を選びなおすという仕組みです。
参議院の選挙については、これで話が終わりなのですが、衆議院については、任期満了以外に、任期の途中で衆議院が解散されて選びなおされるというパターンがあります。
この衆議院の解散はだれが決めるのかというと、内閣です。
そして、内閣が衆議院を解散する法律上の根拠は、憲法の中に二つあるといわれていて、一つが、憲法69条の解散、もう一つが憲法7条の解散です。
憲法69条は、「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。」と記載されています。
要するに、衆議院から「こんな内閣は嫌だ」といわれたとき、内閣は、「そんなことをいう衆議院は嫌だ。衆議院のメンバーをもう一度選挙で選びなおそう。」ということができるという仕組みです。
日常の言葉で言えば、売られた喧嘩を買う、やられたからやり返すというタイプの解散です。
これは、すごくわかりやすい仕組みなのですが、日本では、国会議員の多数決で内閣総理大臣が選ばれるので、普通はなかなか衆議院から「こんな内閣は嫌だ」と決議されることはありません。実際に憲法69条の解散は、長い日本の歴史でも少数です。
もう一つの解散の根拠といわれるのが、憲法7条解散です。
憲法7条3号では「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。・・・三 衆議院を解散すること。」とされています。これを解釈して、「じゃあ、内閣には、助言と承認をとおして衆議院を解散する権限があるんだ。」という理解に基づいた、解散です。
主語が「天皇」とされている箇所なので、そこから内閣にいつでも助言と承認すれば衆議院を解散する権限があるのだと読んでいいのか?という解釈をめぐる議論はあり、過去には、7条解散は憲法違反で無効だと争う裁判が起こされたこともありました。
法学部生が憲法の授業で学ぶ代表的な判例の一つに、苫米地事件という事件がありますが、この事件がまさしく、憲法7条を理由に衆議院を解散して良いのかがテーマになった事件です。
解散をした総理大臣の名前が吉田茂ですから、もはや歴史の教科書の話です。
結論としては、憲法7条を根拠にした解散について、最高裁は違憲(憲法に違反する)とはいいませんでした。
ただ、明確に憲法解釈として憲法7条を根拠にすることが正しい、合憲だといったというよりも、歯切れの悪い感じの答えの出し方です。
「憲法の三権分立の制度の下においても、司法権の行使についておのずからある限度の制約は免れないのであつて、あらゆる国家行為が無制限に司法審査の対象となるものと即断すべきでない。 直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為のごときはたとえそれが法律上の争訟となり、これに対する有効無効の判断が法律上可能である場合であつても、かかる国家行為は裁判所の審査権の外にあり、その判断は主権者たる国民に対して政治的責任を負うところの政府、国会等の政治部門の判断に委され、最終的には国民の政治判断に委ねられているものと解すべきである。」といういいまわしです。
最高裁判所が憲法判断を回避したとも要約される事件であり、法学部生であれば憲法で触れない方が珍しい有名判例かと思います。
もっとも、既に憲法7条を根拠にした解散は可能であるという前提で、過去に何度も衆議院解散選挙が行われていますので、憲法7条の解散は、現在では、実務上、認められている解散方法であると評価できます。
憲法69条が、「やられたから、やり返す」というタイプの解散であるのに対して、憲法7条は「やられてないけど、やっちゃいます」というタイプの解散なので、確かに事前に予想するのが困難で「不意打ちだ」という声があがりやすいタイプの解散です。
70年ほど前から、使われてきた歴史のある解散手法なので、全くの不意打ちとも言えない気はしますが、いずれにしても、ある日突然、任期が終わる前に強制終了されて、もう一回選挙を戦わないといけない、選挙で負けたら無職、失業保険も解雇予告手当もないというのですから、衆議院議員の先生というのも、考えてみると、しんどい職業です。
ちなみに、憲法7条解散については、衆議院のホームページで読むことのできる、質問と答弁で、関連するもう一つの論点があり、憲法7条解散の権限は「内閣」が持っているのか、「内閣総理大臣」が持っているのかという論点があります。
内閣の構成員である国務大臣は、内閣総理大臣が任命するので、内閣の意思と、内閣総理大臣の意思が相反するということはあまり考えにくいのですが、法律論としては区別が生じます。
この点については、令和元年七月二日受領答弁第二六八号で「衆議院の解散は、憲法第七条の規定により天皇の国事に関する行為とされているところ、実質的に衆議院の解散を決定する権限を有するのは、天皇の国事に関する行為について助言と承認を行う職務を有する内閣であり、また、内閣が衆議院の解散を決定することについて憲法上これを制約する規定はなく、いかなる場合に衆議院を解散するかは内閣がその政治的責任で決すべきものと考えている。」と、総理大臣の答弁が衆議院のホームページに掲載されています。