民法改正~錯誤①~

6月になりました。もうすぐ梅雨ですね。最近は豊田市もジメジメとした空気が漂っています。

雨で事件記録を濡らさないように気を付けます。

 

さて,今回の民法改正のテーマは「錯誤」です。

「錯誤」に関する現行民法の条文は,以下のとおりです。

 

現行民法第95条

意思表示は,法律行為の要素に錯誤があったときは,無効とする。ただし,表意者に重大な過失があったときは,表意者は,自らその無効を主張することができない。

 

この条文が,今回の改正により,以下のように変わりました。

 

改正民法第95条

第1項 意思表示は,次に掲げる錯誤に基づくものであって,その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは,取り消すことができる。
一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤。

第2項 前項第2号の規定による意思表示の取消しは,その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り,することができる。

第3項 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には,次に掲げる場合を除き,第1項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
一 相手方が表意者に錯誤があることを知り,又は重大な過失によって知らなかったとき。
二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。

第4項 第1項の規定による意思表示の取消しは,善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

 

パッと見てお分かりのとおり,条文がかなり長くなりました。

その大きな理由は,現行民法の下で条文解釈や判例法理によって補われていた部分が,改正民法では明文化されたためです。

以下,改正法の条文を,順番にご説明していきたいと思います。

 

まず,第1項についてです。

第1項 意思表示は,次に掲げる錯誤に基づくものであって,その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは,取り消すことができる。
一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤。

この条文の体裁からも分かるとおり,本条項による取消の対象となる錯誤は,「意思表示に対応する意思を欠く錯誤」と「表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」の2種類です。

「意思表示に対応する意思を欠く錯誤」とは,言い間違いや書き間違いのように,意思表示の内容と真意が一致していないことを言います。

例えば,AさんがBさんに甲という土地を1000万円で売ろうとして契約書を作成したところ,金額欄に1000円と書いてしまったというような場合です。

この場合,甲という土地を1000円で売るという意思表示の内容(=契約書の記載)と,甲という土地を1000万円で売りたいというAさんの真意が一致していないため,「意思表示に対応する意思を欠く錯誤」となります。

「表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」とは,意思表示の内容と真意は一致しているものの,その基礎となった事実に誤解があることを言います。

例えば,Cさんが,Dさんが販売している乙というDさん作成の絵画を,著名な画家であるEさんが書いたものだと誤解して,「この絵画を購入します」と申し出て,乙という絵画を取得したような場合です。

この場合,「乙という絵画を購入します。」というCさんの意思表示の内容と,乙という絵画を購入したいというCさんの真意は,一致していますので,「意思表示に対応する意思を欠く錯誤」には該当しません。

しかし,意思表示をするための基礎とした事情に関する認識(=乙という絵画の作者がEさんであると思った)が,真実(=乙という絵画の作者がDさんであった。)に反していますので,「表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」に該当します。

もっとも,「表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」の場合,意思表示の相手方(上記の例ではDさん)としては,表意者(上記の例ではCさん)が意思表示の基礎とした事情についてのその認識(=乙という絵画の作者がEさんであると思った)を窺い知ることが困難なケースも少なくありません。

そのため,「表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」に基づく意思表示を,「意思表示に対応する意思を欠く錯誤」と同じ基準で取消可能としてしまうと,問題なく成立したはずの契約が思いもよらぬ事情によって後から覆されてしまう等というように,取引の安全が著しく害されてしまうおそれがあります。

そこで,改正民法第95条第2項は「前項第2号の規定による意思表示の取消しは,その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り,することができる。」と規定し,意思表示の取消ができるのを「意思表示の基礎とした事情が相手方に表示された場合」に限定しています。

そのため,先ほどの例では,Cさんは,Dさんに「乙という絵画の作者はEさんであると思うから,購入したい。」等という形で,意思表示の基礎とした事情を表示しておかなくては,改正民法95条に基づく意思表示の取消ができません。

ということで,今回は2種類の錯誤についてご説明させていただきました。

長くなってしまったので,残りのご説明は,次回の記事でさせていただきたいと思います。