和解という知恵

弁護士になる前は,訴訟で勝訴できる弁護士みたいなものに漠然と憧れを抱いたりしていたものですが,
実は紛争を訴訟に持ち込まないで解決する方が,依頼者の方の様々なご負担を考えても,一番良い方法なのでは
ないかと思うようになりました。

そんな時に,廣田尚久先生の,『和解という知恵』(講談社現代新書)という本に出会いました。

廣田先生は,川崎製鉄で勤務された後に弁護士登録され,九州大学法学部や大学院でも
紛争解決についてご講義されたご経歴をお持ちの先生です。

和解というものについて,訴訟との対比をすることでその機能と効用を正面から捉え,
和解を効果的に使うことで紛争を解決することを研究されており,その成果が一部
あらわされているのが『和解という知恵』というご著書です。

その中では,訴訟と対比した場合の和解の特徴として,以下のようなものが挙げられています。

1 訴訟においては,勝訴した側が100をとり,敗訴した側が0となる。
  これは,仮に勝訴した側の権利の重みが51%で,敗訴した側の権利の重みが
  49%だった場合でも変わらない。
  一方,和解においては,お互いの権利の重みに応じた解決が実現できる可能性がある。

2 訴訟においては,要件事実論に従い,因果律に従ったかたちで紛争が解決される。
  一方,和解においては,因果律にはこだわらず,共時性の原理も使う。

ほかにもいろいろと比較はされていますが,私が改めてハッとさせられたのは以上の二つでした。

特に,問題を解決する際に,法律構成を気にし過ぎる余り,因果関係はなくても,
偶然にみえる複数の現象の意味を探ると,そこに解決の糸口があるかも
しれないということを意識して事案をみることが最近できなくなっていないか,と
考え直すきっかけになりました。

さらに,『和解という知恵』によると,廣田先生が実際に手掛けられた事件等の例から,
和解をやりとげる方法が説明されます。

その中には,普段から漠然と考えてはいても,意識して整理はしていなかったものや,
なかなか一朝一夕には真似できないものもいろいろ説明されていましたが,自分が
ぼんやり考えていただけのことをこんなに突き詰めて整理されている方がいらっしゃることが
分かり,それだけでも大変刺激になりました。

和解に対して抱いている,なんとなくぼんやりしたつかみどころのないイメージが消えて,
積極的に和解をいろいろな場面で試すことができるきっかけになるので,実務家の方には
お勧めですし,さらに,法律家でなくとも,紛争がどのように解決されるのかを理解したい方には
ご一読をお勧めします。

詐欺罪につき実行の着手があるとされた事例-最判平成30年3月22日

 事案は,被告人が,被害者から現金をだまし取ろうと考えた氏名不詳者らと共謀したうえで,氏名不詳者において,被害者に対して警察官を名乗る数回の電話により,電話相手が警察官であり,その指示に従わなければならない旨誤信させて現金を払い戻させた後,被告人において,被害者から現金の交付を受けようとしたが,被害者方付近で警戒中の警察官に発見されて逮捕されたため,その目的を遂げなかったというものです。
 財物の交付自体を求める行為は行われていないことから,詐欺罪の実行行為である「人を欺く行為」自体への着手がいまだ認められないため,被告人側の弁護士が詐欺未遂罪も成立しないと争ったものでした。

 判旨は,おおよそ以下のとおりの内容です。

 氏名不詳者は,被害者に対し,1回目の電話で「昨日,駅のところで,不審な男を捕まえたんですが,その犯人が被害者の名前を言っています。」「昨日,詐欺の被害にあっていないですか。」「口座にはまだどのくらいの金額が残っているんですか。」「銀行に今すぐ行って全部下ろした方がいいですよ。」など言い,その後,2回目の電話で「僕,向かいますから。」「2時前には到着できるよう僕の方で態勢整えますので。」などと言っており,これらの行為は,被害者をして,本件嘘が真実であると誤信させた上で,後に被害者宅を訪問して警察官を装って現金の交付を求める予定であった被告人に対して現金を交付させるための計画の一環として行われたものであり,本件嘘の内容は,その犯行計画上,被害者が現金を交付するか否かを判断する前提となるよう予定された事項に係る重要なものであったと認められる。
 そして,このような計画の下において述べられた本件嘘には,被害者に現金の交付を求める行為に直接つながる嘘が含まれており,既に100万円の詐欺被害に遭っていた被害者に対し,本件嘘を真実であると誤信させることは,被害者において,間もなく被害者宅を訪問しようとしていた被告人の求めに応じて即座に現金を交付してしまう危険性を著しく高めるものといえ,このような事実関係の下においては,本件嘘を一連のものとして被害者に対して述べた段階において,被害者に現金の交付を求める文言を述べていないとしても,詐欺罪の実行の着手があったと認められる。

 また,本判決には,いわゆるクロロホルム事件(最決平成16年3月22日)を引用し,『犯罪の実行行為自体ではなくとも,実行行為に密接であって,被害を生じさせる客観的な危険性が認められる行為に着手することによっても未遂罪は成立しうる。したがって,財物の交付を求める行為が行われていないことは,詐欺未遂罪が成立しないということを必ずしも意味するものではない。未遂罪の成否において問題となるのは,実行行為に「密接」で「客観的な危険性」が認められる行為への着手が認められるかであり,この判断に当たっては「密接」性と「客観的な危険性」とを,相互に関連させながらも,それらが重畳的に求められている趣旨を踏まえて検討することが必要である。特に重要なのは,無限定な未遂処罰を避け,処罰範囲を適切かつ明確に画定するという観点から,上記「密接」性を判断することである。』とした上で,本件では,被害者宅を訪問した被告人が現金を交付させることが計画され,その時点で「人を欺く行為」が予定されているものの,警察官の訪問を予告する2回目の電話はその行為に「密接」なものであり,また,1回目の電話と一連のものとして行われた2回目の電話の時点で,被害者が一連の嘘により欺かれて現金を交付する危険性が著しく高まったといえるから,2回目の電話によって,詐欺未遂罪の成立が肯定できるとする,山口厚裁判官の補足意見が付されています。

 従来からの裁判例と山口裁判官のご見解に沿った判断であるといえます。

ペットの相続

相続問題のご相談をお受けしていると,一定数遭遇するのが,「ペットに関するご相談」です。

その中でも,一番多いのが,「相続放棄したいがペットだけはなんとか遺された親族で面倒をみつづけたい」というご相談です。

被相続人に借金が多かったので相続放棄したいが,ペットは今までも家族が面倒をみてきたので,これからも面倒をみていきたい,という場合,どのような点が問題となるでしょうか。

まず,大前提として,ペットを可愛がってらっしゃる方々には少し失礼な考え方かもしれませんが,ペットは法律上は物として扱われます。

したがって,日本の法律では,ペットについては,だれかに所有権がある,ということになります。

そこで,ペットについて相続が発生するかどうかは,被相続人がペットの所有者かどうかが最初の分かれ目になります。

原則としては,ペットを購入するためにお金を出した人が所有者ということになると考えられますので,そのような場合は,相続の問題となり得ます。

次に,「相続放棄する一方で,ペットの面倒は見続けられるか」という問題については,民法921条との関係で問題となります。

民法921条は,柱書で,「次に掲げる場合には,相続人は,単純承認をしたものとみなす。」と定め,各号に定める行為をした場合は,相続放棄はできず,相続を承認したものと扱う,としています。

相続財産からある面で利益を得ていながら,債務だけを逃れるために相続放棄するような行為を認めないという趣旨と,相続財産についての法律関係を不安定な状態に長期間置かないという趣旨と考えられます。

そして,その1号には,「相続人が相続財産の全部または一部を処分したとき。」とありますので,ペットを「処分」したときは,相続放棄できないことになりそうです。

この「処分」には,譲渡などの法律上の処分のみでなく,滅失・棄損・変更などの事実行為も含まれるという解釈です。

もちろん,ペットを経済的に評価して,財産的価値がそれほど高くないのであれば,そもそも相続財産として考慮しなくてもよいという場合もありそうですが,仮にペットが相続財産に含まれるとした場合,ペットに対してどんなことをしたら「棄損」にあたるのか,正直はっきりしません。

しかし,ペットは,生き物である以上,世話をしないと弱って死んでしまいます。

誰かが面倒をみなければならないのも事実です。

ここで,さきほどの民法921条1号をみると,ただし書に,「保存行為・・・をすることは,この限りでない。」と書かれています。

「保存行為」とは,~なので,死なないように世話をするのは保存行為とみることができます。

そうすると,ペットの面倒をみても,相続放棄はできるという結論になる場合がほとんどと思われます。

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